【家族への思いやり】 「いつもありがとう」の言葉が母・妻の心を勇気づけてくれる

今回は「家族への思いやり」のお話です。

 

年末も近付いてきた11月下旬ともなりますと、冷え込みで背中を丸めて縮まってしまい、なんとなく心理的な面でも「ゆとり・心の余裕」が無くなってはきませんか。

 ふと、気付けば「あぁ今日も疲れたなぁ」とため息ばかりをついている自分がおりました。

 

 

今日もがんばった。

うん、今日も一日、本当にほんとうにがんばった。

 

 

こう、自分の頑張りを自分自身でねぎらうだけでは、もう気が済まない、休まらない時もありますよね。

 

以前の私だと、疲れ果てている時は独りよがりな感じで「私一人だけが疲れている、努力している」と思い込んでいてはマイナスな方向へ墜ちていくことが多々ありました。

 

でも最近になってようやく。えぇ、本当によーーうやく、主人からの思いやりの言葉を素直にうけとめることができるようになり、疲れ果てたと感じる時も和らいだ心を保てれるようになれました。

 

そんな私の「家族への思いやり」に関する徒然話です。

 

 

 

 

相手を思いやる、気持ちを汲んであげる、ということ

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心や体が健やかで睡眠もたっぷりと取れているような万全の状態であれば、自ずと満ち足りた心やユトリが生まれて周りに対しても普段よりもずっと優しくなれる気がします。

周りのちょっとした変化などにも気付けるし、視野が拡がりアンテナも高く張り巡らせている感じです。

 

 

でも、連日の睡眠不足が続き落ち着いてご飯なども満足に食べれない状態が頻発するとジワジワと心と体のバランスが狂い始めて、何処かしらにストレスがかかってきます。

それでも何とかバランスを保とうとして踏ん張っている、そんな毎日。

本当はもっとユッタリとした笑顔で過ごしたいのに出来ないこと自体がストレスになったりもします。

 

 

 

「なんで自分だけこんなに頑張っているんだろう」

 

 

こんな気持ちになってしまった時は心が硬く閉ざしてしまった結果で、気分を変えたいと思ってもなかなか凝り固まった心は和らいでくれません。

 

 

 

「心を開いている」からこそ、不満を言えたり甘えれたりもできる

心を閉ざして一人よがりになってしまった時の私の思考は、主人に対する不満が爆発しております。

 

職場で嫌なことがあっても自分に溜め込んでしまい負の感情を消化できずにいると、それら全てが関係ないはずの主人へ向けられてしまうのです。(主人に取ってみれば本当に良い迷惑な話。ごめんね)

 

主人に対して向けてしまう不満の原因を紐解いてみるならば、それは「私の甘え」なのです。

 

自分以外のヒトへ気を配り気を遣い、疲れ果ててしまう私にとって、自分の心を爆発させても受け留めてくれる、と思えているからこその「甘え」なのです。

 

 

 

ちょっと話がそれますが。

 

よく、2歳、3歳児くらいの小さな子どものイヤイヤや反抗心はできる限りは受けとめてあげようといった育児法を耳にしますよね。

幼稚園や保育園で頑張ってるからこそ、「甘えてもイイ自分の居場所」な自宅では感情が爆発したりワガママ甘えん坊になったりするケースが多いので、そんな背景をふまえた上で子どもと向き合いましょう、な育児理論です(育児書からの請け売り)。

 

 

これらは、うまく感情コントロールができない中でもちゃんと自分で相手を選び「自分の心を開いている」といった状態に等しいのです。

 

 

あなたにだから私の感情や気持ちを開いている、良い感情だけではなく、不満も暗く沈んだ気持ちも包み隠さずに。

 

 

今回は自分の内面に関して綴っていますけれども、イヤイヤモードMAXな娘と向き合う育児においても当てはまります。

『私だけに心を開いて甘えているのだ、全力で私だけに』な具合に脳内変換させることで忍耐強く待てたりもするから不思議です。

「私だけ」という、自分が必要不可欠な存在だという思い込みは意外と効きますよ。

 

 

 

それてしまった話を戻します。

 

「心を開いている相手」に対して、すべてをオープンにして甘えていいのは親などに対する「成長過渡期にある幼い子ども」の場合。

 

 

じゃあ私はどうするべきなのか。

 

 

主人だから何を言わなくとも受けとめてくれるだろう、不満をぶつけ続けても理解して貰えるだろう、など自分だけの物差しで勝手に測っていては駄目なのですよね。

 

その想いや考えを相手へ話して伝えていかないとイケないのだ、夫婦だからこそ、ちゃんとした言葉で届けていくべきと感じています。

 

「話さなくてもわかってくれる」では成り立たないこともあるんですよね。

 

 

 

 

 

「どっちがどれだけ頑張っているのか」な背比べはしなくて良い

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これまでに負の連鎖に陥りがちだった考え方として「主人と私、どっちがどれだけ頑張っているか。苦労しているか」を天秤にかけていたことがあります。

 

不満と、その裏の心情について具体例を挙げるとするならば、

 

 

 朝早くから私は毎日こんなにも頑張っているのに

(朝遅くまで寝ちゃってごめん、って毎週末聞いているけれど生活スタイルが変わらないのは「ママ」が結局は全部やってくれるから任せてもいいかな、って思っているからだよね)

 

 

朝ごはんも食べれないまま娘と私の身支度を整えてるのに

(自分の身支度だけで終わればOKと思っているけど毎朝保育園に行く娘の身支度もお弁当作りも夕飯の仕込みもトイレも遊び相手も全部こなしているの、それも自宅を出掛ける時間にあわせてアレコレ調整しながら)

 

 

イヤイヤする娘にも辛抱強くジッと付き合っているのに

(娘はいつも笑顔でご機嫌に過ごせている訳じゃない。楽しい時間を過ごせるように次の行動パターンを予期して私が動いているからっていうのも大きいの。)

 

 

仕事から帰って息つく暇もなく家事も育児も一人でこなしてるのに

(帰宅後のこと、明日のこと、週末のことも含めて段取りを考えながらヤルベキことを懸命にこなしているの)

 

 

 

これら全て「私は○○なのに、主人は○○でラクしてる」風な考え方です。

頑張り度合・苦労度合を背比べして私と主人とのどっちがより大変なのかを計ろうとするから、上のような不満めいた感情が湧きおこるのだと気付きました。

 

 

 

私と主人とで疲れ具合や頑張り具合を競い合うことは虚しい。

お互いのそれぞれの形での頑張りを認めあえれば、それが一番良い状態。

 

という考え方に自然と行きついたんです。

 

そして建設的に、最低限度はお願いしたいことがあれば具体的に相談する、ということが大事なのだということも。

 

 

そんなことに気付けてからは、ふわりと心が軽くなりました。

 

直接的に娘の育児に関する行動を取れていなくとも、夜遅くまで家族のために頑張ってくれていることは間接的に娘の育児に充分に携わってくれているんですよね。

たしかに私は具体的に娘の世話をしているけれど、主人もまた違った形で協力をしてくれているのです。

 

上記の不満に対しても夫婦で話し合ってみると、主人自体が自覚していなかったこともあったので、具体的に話し合ったり意識的に夫婦で会話する時間はより大事にするようになりました。

 

 

 

 

 

 

 「いつもありがとう」という言葉が母・妻の心を勇気づけてくれる

タイトルのままなのですが、主人は「いつもありがとう」という言葉を毎日のように言葉にして伝えてくれます。

 

そういえば、過去記事でも我が家の家訓めいた言葉でもご紹介したことがありました↓

 

www.mamastep.com

 

・笑顔を大切にする

・家族への思いやりを大切にする

・感謝の気持ちを大切にする

・一日一日を大切にする

 

 

何気ないことばかりですけど、どれも大事にしたいことですし、毎日続けていくには難しかったりもします。笑顔で頑張れない日も勿論あります。でもそんな日は娘にも主人にも言葉でちゃんと理由を伝えて、感謝の気持ちを伝えるようにしています。

また、主人は私よりもずっと「ありがとう、今日もおつかれさま。いつもありがとう」と欠かさず言ってくれるので、 見習わないといけないと思ったりもします。

  

 

自分で笑ってしまうほどに、数か月前にも同じようなことを述べてますね~・・汗。

ですが、以前よりもこの言葉がシックリと当てはまっている感覚もあるので、多少は成長できているのかも。

 

 

「いつもありがとう」という労いの言葉が単なる表面的なものではなくて、ちゃんとお互いが頑張った内容を理解したうえで投げかけて貰えている、伝えているとの自負があるからなのかもしれません。

 

 

 

 

ちょっとした気遣い・思いやりが妻にとっては嬉しい

 

「いつもありがとう」という労いの言葉をかけて貰える以外にも、ちょっとした気遣いや思いやりで嬉しいことを幾つか挙げてみます。

 

 

○娘の前でママを否定することを絶対言わないし、大好きなママ、として尊重してくれる(たぶん、これからもこのスタイルは変わらなさそう)

 

○「ママと娘のためにがんばる」と、「ママ」あっての娘、という順序で話してくれる

 

○私の育児スタイルを否定しない。主人の考えと違ったとしても、先ずはちゃんと話を聞いてくれる

 

○娘が産まれてきて、成長している娘が見れて本当に幸せ者だと、何度も言ってくれる

 

 

こんな感じです。

具体的な行動は思いつくことがなかったのですが、笑、思いやりがあり嬉しかった言葉は幾つも浮かんできました。

 

 

一番有難いと感じるのは「ママを尊重してくれる」という安心感がある点です。

 

母になって3年目。イヤイヤモードな娘にお手上げになったり苛々してしまい、娘が寝付いた夜に後悔することもあります。

でも、そんな後悔も時には仕方がないよね、また頑張ればいいよね、というように安心感を与えて貰えたりもします。

 

 

ちょっとした気遣いや思いやりによって、母・妻の心は勇気づけられて明日からもまた頑張ろうと思えるのです。

 

 

 

 

 

まとめ

家族への思いやり、嬉しい言葉などについて徒然に綴ったお話でした。

 

実はこの記事を書く前までは心が重かったのですが、自然と心が上向きになり、明日からもまた頑張ろう、笑顔で乗り切っていこう、という心境になれました。

心の中にあるものを文字にして吐き出すということは、頭と心の整理にもなります。

 

大切にしたいヒト、大事にしたいこと、自分の居場所などをハッキリとできると、その他の、例えば会社などのことで頭を悩ませたりモヤモヤすることがあっても切り離して考えられるようになる気がします。

 

 

みなさんにとって「勇気づけられる言葉」はなんでしょうか。

 

 

今日も一日本当におつかれさまでした。

最後まで読んで下さりありがとうございます。