【2歳児のお喋り語録・成長記録】 ママみたいな女の子になりたいの、と言われたら・・・

今回は「娘のお喋り語録と成長記録」のお話です。

 

先日2歳10ヵ月になった娘とは会話がスムーズになり、意思疏通がシッカリできるようになってきました。どこで覚えたのかな~と首をかしげたくなる娘語録もボチボチ登場したり。

身振り手振りも付けて得意げに踊って見せてくれたり、フンフーンとハミングしながらオママゴトしている姿をみていると、そのまま丸っと時間よとまれ~!と願ってしまいます。

 

娘に限らず、小さい子が何かしら自分の世界に没頭して遊んでいる後ろ姿や後頭部の丸い感じは、反則的な可愛らしさがありますよね。

 

そんな成長をとげている娘のお喋り語録などのなかで、嬉しかった言葉や心に残った言葉などについて徒然に綴ってみます。

随所に親バカが出てくるユルメな内容になっていますので、温かい目でご覧頂けると嬉しいです。

 

 

 

2歳児のお喋り語録・成長を振返る。2歳10ヵ月の成長記録

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80年代生まれの私は「『じゃじゃまるー・ぴっころー・ぽーろりー』のおかあさんといっしょ」世代ですけれども、みなさんはいかがでしょうか。

 

 

小さい子どもであれば、Eテレの「おかあさんといっしょ」は楽しく観れるものだと思っていたのですが、娘はどうやら違ったようです。

 

娘的には小さい子がワーッと踊っているシーンが苦手だったようで、2歳後半頃からようやく娘は嫌がらずに観れるようになりました。以前だと付けた瞬間に「イヤー」と絶叫してテレビはポチッと終了し、再びレゴ遊びなどを始めるといった具合。

(良いのか悪いのかテレビをあまり観たがらず、ずっと一緒に遊びたがるので娘が起きている間は家事がはかどりません...)

 

 

 

 

「ちょっとやってみるね」少しの勇気と融通が利くようになった

そんな娘でしたけれども、2歳9ヵ月になる少し前頃からはイヤイヤ期が終息傾向のようです。

過去記事「【2歳の遊び】 イヤイヤ期はいつまで?考える力を伸ばす室内遊び 」でも触れたのですが、2歳10ヵ月になった今は割と融通が利くようにはなってきました。

 

 

「ちょっとやってみるね、ママはみてて」

「ちょっとみてみるね、ママは横で待ってて」

「ちょっと取ってみてくるね、ママはここにいてね」

 

な具合に娘は、以前は拒否していたことなども少しずつ自分でやってみよう、な様子が伺えることがグッと増えてきました。

基本的には私が待っていて娘が何かしらに自分でトライしてみる、という構図で成り立っています。

 

 

例えば、先ほどのEテレであっても「ちょっと観てみようかな、ダメだったら変えようね、ママ」と言う具合です。そして本当に嫌だったら「テレビ消すの~」と自分でリモコンで消してます。

 

全てシャットアウト!であった状態で何でもかんでも食わず嫌いばりに「とにかくダメー、イヤー!」だった当時に比べて、

ちょっと試してみる・トライしてダメだったらママに相談してくれる今では、言い聞かせて理解して貰えるようにもなるので親側としては本当に大きな変化です。

 

 

また、悩みの種であったお気に入りの服以外は大号泣で断固拒否だった着替えであったり、コダワリ過ぎていた部分などにも大きな進歩がみられます。

 

今夜も「パジャマはこれでどうかな~」と尋ねたところ、

「(お気に入りの)ミッフィーちゃんは昨日着ちゃったからお洗濯なのよね。あれは明日で今日はこっちなのよね」と娘なりの解釈で納得しているようです。

 

 

今、昨日、今日、明日、今度、もっと先などの「時間の概念」がよりハッキリしたことで多少は待つことができるようにもなりましたし、あれだけ泣き叫んでイヤイヤ発狂しまわっていた娘がスンナリとパジャマを着たり、着替えてくれることに拍子抜けな感じです。

 

こちらの提案を受け留めて、どうしても嫌な時は「今はいや、またあとでがいいの」と泣くことなく受け答えしてくれる、という当たり前のことが通じるようになってきた安堵感は大きいです。

 

 

自分とママ、自分のお気に入りだけであった狭い世界から、

娘なりの目線で周りには面白いものが溢れている、ママ以外のお友達や先生などが居て怖くなったり嫌だったらママのところへ戻ればいいのだと理解できたようです。少しずつ視野や娘の世界観が広がっているように見えます。

 

目には見えない心もちゃんと成長しているのだな、と感じる感慨深い出来事です。

 

 

ですがこんなことを書きながらも、もしかすると3歳になりより強固な自我が炸裂するかもしれません。

でも娘なりのスピードで娘自ら心を成長させているのであって、親は子どもの成長を信じて待つ、見守るということが必要なのかもしれないなと思ってます。

 

娘に対して特段何かを働きかけたわけでもないので、もしもイヤイヤ期でお悩みの方に向けてはお伝えできるものが見当たらないのですが、本当に「時」が解決するということもあるようです。

 

 

 

 

おひるねしているせみさん。

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先ほどは少し重ためな内容を書いたので、ここからは軽く「娘の面白かった語録」などについて綴ってみます。

 

タイトルのとおりなのですが、先日我が家の玄関に転がっていた「せみ」のお話です。

もともと、外遊びよりは室内で自分の玩具などで遊びたがる娘でしたが、新居へ越してからはより、外に出掛ける・連れ出すことが難しくなりました。

 

そんな矢先に、このセミです。

四苦八苦して娘を説得して外へ出掛けようとしたところ、玄関先にアブラゼミの死骸がコロリと1つ転がっているではありませんか。

 

遠巻きに見ていた娘にもセミを見せてあげようと指で摘まんでみたところ、思いのほかセミのお腹や羽の模様がゾワゾワする感じで背筋がぞえーっとなり、不覚にも「うぎゃー、むりー」っと放り投げてしまいました(*-*)

 

そんな母の変な行動と声が面白かったのか、大笑いしつつも「ママ、だいじょうぶ~?」と気にかけてくれた娘。

一緒に横に並んで座り、シゲシゲとセミの死骸を観察しました。

 

娘にはまだ死んでいるというのは理解できておらず、「せみさんはお昼寝しているのね。こんなところで寝ちゃだめなのにねぇ。お風邪ひいちゃうのにねぇ」と申しておりました。

 

まだ、生き物の「生き死に」については説明できていないので無理もないのですが、いつかはちゃんと話してあげないとなと考えています。なにかしら小さな生き物などを飼うこともいいのかもしれませんよね。

 

 

そんなセミには後日談があります。

出掛けることを渋っていた娘ですが「今日もあのセミさん、玄関先でお昼寝しているか見に行ってみようよ」な掛け声に割とすんなり受け入れてくれるようになりました。ダメな時も多々ありますけど。

 

玄関を開ける時はかならず、

「ママ、せみが怖かったら、さわたん(娘の愛称です)が押さえて、だいじょうぶよってゆってあげるからね」などと言ってます。

 

道端にもよくセミの死骸が落ちていたりもするのですが、アブラゼミではなく、クマゼミを初めてみた娘は「今日のせみさんは、黄色いお洋服着ているのね」と一言。

 

確かにクマゼミのお腹は黄色いので、よく観ているなぁと感心したほどです、笑。

 

 

 

 

ねむれないの。おくすりをちょうだい

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引越関連のコバナシをもうひとつ。

 

新居へ越してきて数日間は情緒も安定せず、夜中に目を覚まして遊びだしたり愚図ることが多かった娘(今でも現在進行形ですが・・)。

 

「ママ、ママ。ねむれないの」とシクシク泣くので背中トントンでも上手く寝付けない時には一緒にリビングに移り、ボワワーンとした穏やかな灯りの中で過ごしたりしています。

娘の相手をしながら、そういえば私も小さい頃にこんなことあったなぁ・・・と思い出したことが一つありましたので、綴ってみます。

 

 

私の小さい頃は母と一緒に添い寝で眠るのではなくて、姉との2段ベッドの下で眠るスタイルでした。扁桃腺が大きいためか、よく熱を出して寝込むことが多かったです。

 

40℃近くの高熱もよく出ていたようで、熱に侵されてトイレが長く見えて何処で用を足せばいいのか分からず泣いたり、楽器音が鳴り響く幻聴などもあったりしたのを覚えてます。便座がとてつもなく長く見えた記憶が鮮明にあります、笑。

 

昼間に眠りこけていると夜中に一人で目を覚ましてしまうこともあり、そんな時には暗い子ども部屋からオズオズとリビング先の母が眠るベッドに向かいました。怖かった父を起こすのは嫌だったので、母だけが起きるように声を潜めて呼びかける感じです。

 

そして暗がりで母が戸棚からソーッと取り出してくれたのが、木製のような茶色い薬瓶に入った甘いシロップ。

 

みんなが寝静まっている暗がりで、母と二人で甘いシロップを飲むという特別感がたまらなかったのを覚えています。

それから自分のベッドに入り込んで、だいたい寝付くまでは母がそばに付き添ってくれました。

 

夜中にヒトリボッチと感じて居てもたってもいれなくなったときに、母に甘えて受けとめて貰えた安堵感は、いつも一緒に居る安心感以上に心に響くものがあったようです。

 

 

いま現在、娘は私と添い寝をしているので、隣にはママがいつもいる、という安心感はあると思います。

それでもいつかは娘も自分一人で眠りたいの、なんていう日がくるのかもしれません。

 

そんな時がくるまでは、安心感も安堵感をも与えながら心の成長を見守りたいものです。

 

 

 

ママみたいな女の子になりたいの。 

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最近よくクチにしている言葉が、男の子と女の子、です。

このヌイグルミは女の子だからマツゲが長いのね、であったり、自分は女の子だから鏡をみておめかしするの、などと話しています。

言ってるわりにはソレらしいオメカシゴッコなどもしていませんし、髪を結ぼうなどとすれば振り払われますけどね。。

 

ですが、母心的に嬉し泣きしてしまう言葉をかけてくれました。

 

「ママみたいな女の子になりたいの」

 

外出先で自転車の後ろに乗せて話ながらでしたのでどんな表情かなどはわかりませんでしたが、嬉しかったです。

単なる会話の1つで娘的には何も深い意味合いはないのだと思います。それでも母は嬉しいのです。 

 

 

ママみたいな女の子になってなにするの~?と尋ねたところ、

「いっぱいごはんつくるのー、そしてたべるのー」とお手てをヒラヒラさせながら申しておりました、笑。

 

手遊び歌などでよく遊ぶのもあってか、指折りや形を真似たり手振りをしたり、走るときにも手をヒラヒラさせながら走ります。

「こーーーんくらい食べたいの!」と話すときは手をヒラヒラ、グルグルさせて表現してくれます。

 

もみじのような、血管もまだあまり見えないプックプクな手で色んな夢を叶えていってほしいです。

 

なにはともあれ、娘の成長を感じた娘語録でした。

ママみたいになってもいいな、なんだか毎日楽しそうだな、と娘に思って貰えるような母であり続けたいものです。

 

 

 

まとめ

2歳10ヵ月の成長記録をかねて、娘との会話や語録などを徒然に綴ってみました。

1歳後半頃は周りに比べてお喋りが遅めなのかな、などと少し悩んだ時期がありましたが、いまではお喋り上手になりました。

自分の気持ちや感じたこと、考えていることを相手へ伝えられるようになり、イヤイヤ度合いが減ったように感じます。

相手と気持ちが通えている、理解して貰えているという実感があるからなのかもしれません。

これからも娘の歩みにあわせて成長を見守りたいです。

 

 

さてと、これからお盆休みですね。

ご先祖様に感謝しつつ、みなさんもご家族などで良い過ごし方ができますように。

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

今日も1日おつかれさまでした(*^^*)