【ヒヤリ・ハット】 子どもを自転車後部席に乗せたままその場を離れてしまう訳の考察

今回は娘を迎えに行く道で偶然目にしたヒヤリ・ハットなことと、そこからの自分の考察について徒然に綴ります。

 

 

タイトルの通りなのですが、子どもを自転車後部座席に乗せたままでその場を離れられたお母さんと女の子についてのお話です。

 

あらかじめ申し上げますと、

とても危険な行為ですし不運が重なれば大きな事故にも繋がることなのですが、私はそのお母さんを非難する意味合いでこの記事を書いているのではありません。

 

時間にすれば10分も満たない数分間の出来事でしたけれど、そんな行動をとらざる負えなくなるまで追い詰められるような背景に共感めいた感じで胸が苦しくなり、いまの自分を省みました。

 

そんな日常のヒヤリハットにまつわるお話です。

(ちなみに「ヒヤリ・ハット」とは大きな事故や災害などに至らないものの、事故になってもおかしくはない事例のことです)

 

 

 

育児でのヒヤリ・ハット。追い詰められるほどに慌ただしい日常

気持ちも慌ただしくなる夕方5時半を過ぎた頃に、いつものとおり保育園へ迎えに上がる前に立ち寄ったスーパーでの出来事です。

 

 

娘よりちょっと年上の3歳くらいの女の子が子ども用の自転車後部座席にチョコンと座っていました。

周りをキョロキョロ見ながらも、手はシッカリと座席の取っ手を握っています。

さすがお姉ちゃんです、上手に座れてはいました。

 

でも、自転車が停車している位置はかなりの勾配坂になっているし、地面もデコボコしている場所。パッと見てもかなり不安定で、自転車前方のカゴには荷物とカバンがギッシリ入っています。

 

うーーーん。これは明らかに危ない。

 

今だけ暑くて脱いでいたのか、お母さんが持って行ってしまったのか分かりませんがヘルメットは付けていません。シートベルトはしているけれど、でもこれじゃ万が一自転車がバランス崩した時に自転車に固定されて余計に大変なことになりそう...

 

でも、お母さんらしき姿はどこにも見当たりません。

 

娘を迎えに行く時間は迫っていたけれど、そんなことよりも万が一の事故に繋がると大変です。お母さんが来られて『お節介なオバサン』などと言われるかもしれない..など迷いもありましたが、でもやはり危ないのは見過ごせません。

 

自分の自転車を隅に置いてから、万が一、自転車のバランスなどが崩れても支えられるように横に立つために、女の子に話しかけてみました。

 

「おねえちゃん、ちゃんと自転車に座って待っててえらいねぇ。」

 

「うん、おかあさんをまってるの。」

 

「そっかぁ。えらいねぇ。ママと一緒にのる自転車は楽しいもんねぇ。」

 

 

な具合に、急に話し掛けられたことで戸惑いながらもちゃんと受け答えしてくれました。

そんなやり取りを数分間していたところへ小走りにやってきたお母さん。

 

 

すみません、という言葉を残して足早に自転車に飛び乗って行かれました。

 

表情は堅くて暗くてちょっとボンヤリともされておられて、バタバタと手荷物を整えて。買出しなどをされていた様子でもなく、仕事帰りにスーパーでの急ぎの用事などを済ませられたのかもしれません。

後姿を見送っていると女の子がクルリと向いてくれたので、バイバイの手を振り、一連のことはオシマイです。

 

 

善人めいた事をしたかった訳ではなく、純粋に、娘と同じくらいの子が怪我をすることを未然に防ぎたかっただけです。

 

 

・・・でもなぜでしょう。

今回の一連の出来事が自分の中にモヤモヤっと不完全燃焼のような違和感が残りましまた。暗くて堅い表情だった様子も気に掛かります。

 

 

もしかするとあの子のお母さんから見たら、

横にいた私が不審者のように映ったのかもしれないし、あるいは、私が横に立っていたことがお節介のように感じたり『批判された』ように感じられてしまったのかもしれません。

 

 

批判などしないのに...。

同じくらいの子どもを抱えて仕事帰りに自宅へ自転車を漕ぐママの姿を見ると「大変だけどみんなも同じように頑張っているのだ」と共感でしかないのに。

 

 

モヤモヤ感が残りつつ娘が待つ保育園へ自転車を漕ぎながら、

あのお母さんは余裕がなくて周りが見え辛くなっているのかもしれないなぁ..という考えにいたりました。

  

 

 

私の取った行動はアレでよかったのか。

 

煙たがれるのを覚悟で「今日も1日本当におつかれさまです、毎日大変ですよね」くらいのことを伝えられたのではないか。

 

 

 

 

子どもを自転車後部座席に乗せたままその場を離れてしまった背景を考える 

自分の中に残った違和感のようなモヤモヤ感を文字にして綴り、思考の整理をはかってみます。

ここからは私の憶測のようなものも入っています。

 

 

 

誰しも「わが子ならば大丈夫」という過信があるのではないか

娘は2歳11ヶ月でもうすぐ3歳。性格的には慎重派で警戒心も強めなタイプです。あらかじめよく言い聞かせておくと、大体のことは理解してくれます。

 

ですが、親の予想を超えてくる突拍子もない動きや行動を取る時もあります。

 

例えば、綺麗なちょうちょうがフッと目の前をヒラヒラ飛んで行ったので、慌てて追いかけて大きな段差に気付かずに頭からゴッツンと転んだこともありました。

 

先日も大好きな階段に走り寄って行き、横から急に飛び込んできた男の子と衝突する間際だったり、鉄棒にぶら下がってブラブラしていたら汗で手が滑って顎を打ったり....。

 

 

そうなのです、

親の予測が及ばない次元での出来事なども沢山舞い込んでくるのが小さい子を連れた日常なのです。

 

 

正直なところを言えば、娘であれば自転車にジッと座っててくれるであろう、という過信が私にまったく無いわけではありません。

よくよく言い聞かせて、ジッと座っていてくれたらオヤツをお家で食べれるよ、などとも言えば食いしん坊な娘はキッチリ座ってくれるかもという予測も立ちます。

 

 

でも娘がちゃんと約束を守って座っていたとしても、

不意に大きな蜂や虫が飛んできて避けた拍子にバランスを崩してしまうことだってあるかもしれませんよね。

 

 

ここで言いたいのは、どこかしら親側での過信のようなものはあり、それが思いもよらない方向へ発展してマイナスな結果になるかもしれないリスクがあるということです。

 

 

日々の日常でつい手一杯になったり、目の前のことしか見えなくなり余裕がなくなったりもします。

 

 

私にとって今回の出来事は、

娘に限っては危ないことには遭わないはずだからきっと大丈夫、という過信には気を引き締めようと省みる機会になりました。

 

 

 

 

追い詰められるほどの日常の手一杯さがそこにはある

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自分のことを省みる機会になったわけですけれど、そもそものところで今の日常が手一杯すぎるという現実があります。

 

みなさんはどうでしょうか。

追い詰められるまではいかずとも「もう、本当に毎日がヘトヘトお手上げだ〜・・」な気分になる時もありますよね。

 

 

偶然目にしたお母さんと女の子でしたけれど、お母さんの暗い曇った表情がどうしても気に掛かっています。

 

もしかすると、あのお母さんは今の日常が手一杯で自宅に帰ってからもやるべきことが盛沢山で息つく暇なく、気が休まる時間などほとんどないのかもしれません。

 

 

イヤイヤわんぱくぶりが激しい2歳、3歳くらいの子どもがいる家庭で共働きである場合などの一日を考えてみると、 

癇癪やイヤイヤ発狂する子どもをなだめつつ何とか朝ごはんやお弁当を作り食べさせて、トイレや身支度を済ませながら保育園への持ち物を用意し、並行して自分の身支度も整えることを電車の時間などを気にしながらこなさねばなりません。雨だったら更に手荷物が増えてワチャワチャです。

 

仕事をこなしてからは迎えに行き、お夕飯を作り食べさせてフルパワーで遊びたがる子どもの相手をしながらお風呂に入り、歯磨きを済ませて寝かし付ける。その後は起き出してまた明日からの準備と残った家事を済ませる...

 

 

こんな感じの慌ただしい毎日ですよね。  

・・・自分で書きながら動機が激しくなりました、笑。

 

娘がご機嫌にいてくれればいいけれど、保育園で頑張っているストレスや疲れも溜まっている時はヒェー~っと泣きたくなるほどに娘に振り回されたりもします。

 

周りに頼れる家族などがいれば負担も軽減するのでしょうが、頼れる環境にない場合はママとパパでこなす、その中でも主にママがこなしているといったケースの場合は、涙ぐましいものがあります。

 

 

うまくサイクルが回らずストレスが溜まったり、どこかに皺寄せが出たりしてしまう日常の手一杯さがあるのです。

 

 

 

 

 

 

日常の手一杯さに対してどう向き合うべきか(考察)

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(牛さん、いい子ね~ヨシヨシ。のヒトコマ) 

 

今回はトコトン、自分の日常の手一杯さ・余裕がないことに向き合っていきたいと思います。 

 

ということで、ここでは「時間的・体力的に余裕がない時」と「気持ち的・心理的に余裕がない時」の2つについて、どのように向き合えばいいのかを考えてみます。

 

 

 

■時間的・物理的に余裕がないとき 

体力的な負荷が高い時、体に疲れが溜まっている時は休息を取るのが一番です。

でも、一日フルで休めないのが「ママ」。休んでいいよと言ってくれる主人ですけど、一緒に遊びたがる娘と滞る家事や雑務。

 

熱があっても微熱であれば無いも同然で、38℃の熱でも娘を連れて自転車を漕いでたりもします。危ないのはわかってるけれど、でも自分がやらなきゃ回らない日常...。

 

もしかすると、先日のお母さんは体力的にも相当お疲れだったのかもしれません。

 

 

どう頑張ってみてもママはもう駄目限界がきた~な時もあると思うのです。

 

身体が不調で気力がどうしても付いていかない時。

身体が鉛のように重く動けなくなる時。

視界が薄暗く息苦しく感じる時、耳が聞こえ難く感じる時などなど。

 

体の不調がきっかけで、うつ病のような心の風邪を患ってしまうケースもあります。そうなると、目には見えずとも心に深い傷ができてしまいます。

 

 

体力的に消耗した時には自分以外の物理的な支援が必須になるので、家族や周りへ頼り相談してサポートをお願いしたり、身近に頼れる方がいない場合は地域のファミリーサポートサービスなどに頼ってみるのが一番効果的だと思います。

 

実際に先日、引越疲れなども重なり急性副鼻腔炎と高熱で身動き取れなくなり焦ったので、その後で慌ててファミサポを登録しました。

 

 

 

 

■気持ち的・心理的に余裕が無い時

体力的には負担は少ないけれど心理的・気持ち的に手一杯である時は、誰かに話を聞いてもらい共感して貰えると心が軽くなると思います。

誰かに対して自分の気持ちを思うようにストレートに表現できない場合は、自身の思考を整理して「漠然とした不安を具現化する」と意外と効果があったりもします

 

私自身がよくやっている手段なのですが、気持ち的にマイナスに落ちている時は自分の気持ちやワダカマリのすべてを吐露するのです。

 

 

・何に引っかかっているのか

・何が不安なのか

・何に苛々しているのか

・何が変わればスムーズにいきそうか

・自分はどうしたいのか

 

 

あたりをグルグルと考えるのではなくて、紙に書き出しています。

そこから根っこのワダカマリを見付けてから、プラスの言葉などに置き換えていく作業をしています。

 

そして、家族や友人へ話を聞いてもらうのです。話すべき対象が身近に無いときはブログなどで吐き出すのも有効な手段です。

 

 

 

じつは、つい先日も主人の前では「しんどいー」とシクシク泣き、姉には泣き言を漏らしました。34歳という年甲斐もなく泣きました。でも不安も解消されて、心は軽くなっています。

 

 

 

いまの自分の思考を整理するとこのような感じです。

 

○<漠然とした不安の要因>仕事も育児もつい周りと比べてしまい、もっと自分も頑張らないといけないという焦燥感に駆り立てられる

 

○<育児の悩み①>イタズラが増えたり危ないことをしたがるので、極力言いたくはない「NO!」を言わざる負えないストレスが増え、体力的にも疲れが大きい。

 

○<育児の悩み②>どこまで娘のワガママを許せばいいのか見極め方がわからない。増長しそうだけど保育園で頑張る娘につい甘くなってしまう...。

 

○<どうしたいのか>「良い!」と思ったことをやらずにあとで後悔することだけは避けたい。

 

○<変えるべきところ>家事、炊事のやり方を見直す、隙間時間を見付ける

 

○<理想>笑顔でいたい、穏やかな家庭を守り続けたい。その為に頑張り続けたい。

 

 

 

このような具合です。

私の根っこのような部分に「焦燥感」のようなものがいつもあり、常に何かをしていないと安心できない&フルパワーでやり通したがるのだということです(T^T)

 

 

でもこれでいいんです。

何でもかんでも気合いで乗り切ろうとしてしまいがちな傾向があるところを把握できることで、自身の現状を正しくは掴めることにはなります。

 

気合いだけでは乗り切れない部分もあるので、そこは自分なりに対策を考えたり、主人や会社上司との相談になります。

先日も泣いたあとで、娘の育児のことでの悩みなどを主人に相談して、今後はこんな風にやっていきたいから協力してほしい旨を伝えました。(本当は泣かないで伝えたかったけれど、どうにもこうにも泣けてしまいました)

 

 

 

いまの自分の思考を整理して棚卸しすることで、

何に悩んでいて・どうしたいのか・何が変わるといいのか、自分だけじゃ変えられない時には周りに頼る、相談する、泣き言を漏らしてみる、などができると気持ちにも余裕がうまれるかもしれません。

 

 

 

 

働くママ&パパにとって笑顔が増える毎日であるように(願い)

話を戻しまして。

先日の自転車後部座席に乗せたままその場を離れてしまったお母さんと女の子について、自分が行きついた最終的な願いのようなものを綴ってみます。

 

 

娘の育児に関する悩みめいたものも綴りましたが、

可愛い笑顔やテケテケと小走りする後姿やポケーっと眉を下げてすやすや眠る寝顔、ちょこんと座って絵本を読み上げてくれる姿などを見ていると本当に疲れが飛びます。

 

この子のために毎日を頑張っているのだと感じる時です。

朝から晩まで一生懸命働いてくれる主人も同じように、家族のために頑張るのだと話してくれます。

 

 

何のために働くのだろう...という考えに捉われる日もありますが、

自分以外の周りのために、周りが笑顔になるために頑張れることで自分の存在価値を見いだせることもあるのですよね。

 

 

 

ここでいう「働く」というのは、会社などの外部で働くことだけを指すのではなくて、家庭で家事を頑張って働いている意味も含んでいます。

できれば、先日見かけたお母さんにも笑顔が多い毎日であるといいなと願っています。

 

 

 

 

 

まとめ

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小さい子供との日常におけるヒヤリ・ハットした出来事と、今の自分を省みたお話でした。

 

みなさんは毎日の生活で手一杯だったりしませんか。

余裕がないと笑顔も減りますし、健全な思考回路が濁って、時としてヒヤリ・ハットな事にもつながりかねません。 

 

私自身にも言い聞かせているのですが、そうなる前にちょっと一休みをしたり、隙間時間で一息をついてみたりしてくださいね。

 

そうそう。

アンパンマンシリーズフィグの写真は、引越す前の自宅で撮ったものです。娘と一緒に並べてパチリと記念に撮ったのを覚えています。

カレーパンマンのニコニコ笑顔がたまらなく可愛らしいのです。こんな穏やかな笑顔で家族が寄り添いながら過ごすことができたら本当に幸せですよね。

 

最後まで読んで下さりありがとうございます。

今日も一日本当におつかれさまでした。